(全て終わった──エアリスの思いを、俺達は遣り遂げた。けど──)


 クラウドは、薄青紫色の花を手に、ひとり湖畔に立ち尽くしていた。


(俺の中では、まだ終わっていないんだ、エアリス)

 

 

 


For Get me NOT

act.2 ── 残された者

 

 

 


 すべての闘いが終わった。
 セフィロスが呼び寄せたメテオは、寸でのところでエアリスのホーリーによって打ち消され、この星は守られた。

 クラウド達は、セブンスヘブンで、漸く訪れた平和な時間と、大きな事を成し遂げた達成感を謳歌していた。辛く、苦しかった事が多かった、つい先程までの闘いを、まるで何年も前の出来事かの如く、皆口々に語り合っていた。アルコールが入っている所為か、各々が大袈裟なくらい笑い、泣き、仕舞には歌いながら踊って、転んだりする者もいた。
 そんな中、誰一人エアリスの名前を、口にする者はいなかった。彼女の存在を忘れたわけではない。この闘いで、一番の衝撃的な出来事を、簡単に言葉にする事など、到底出来る筈がなかった。また同時に、クラウドに対する気遣いもあった。
 クラウドは、この騒ぎの真っ只中でも、自ら口を開く事なく、仲間に話し掛けられても、短く相槌をうつのみでいた。それどころか、時間が経つにつれ、表情を曇らせていった。
 クラウドが抱えている心の闇──エアリスを死なせてしまった自責の念は、セフィロスを葬るという使命感から解放された事で、ますます膨らむばかりだった。
 あの日、エアリスを湖に沈めた夜から、クラウドは全く熟睡できずにいた。魔晄中毒に陥った最中の事は、記憶が抜け落ちているが、その時以外は必ずエアリスが夢に出てくる。決まって、エアリスは微笑みながら、どこかに消えてしまう。クラウドが触れようとすると、彼女の姿が、まるで白い影になるように、薄らいでいき、クラウドの周囲が闇に包まれる。若しくは、エアリスが血塗れになって、その場に崩れ落ちてしまう。夜な夜な繰り返す悪夢で、いつしかクラウドは眠ることを恐れるようになった。
 ティファは、クラウドの表情が陰って来たことに、いち早く気付いて、水の入ったグラスを差し出した。
「クラウド──もう、お酒終わりにしたら?」
「……そうだな」
 クラウドは、グラスを受け取ると、一気に水を飲み干した。
「もう休む?」
「いや、まだいい」
 クラウドは一人になりたくなかった。今まで常に仲間がいて、やるべきことがあった。使命を失った今、彼の心には、大きな空洞が空いてしまっていた。
(もう、こいつ等と一緒にいられないんだな)
 仲間の顔を脳裏に刻むよう、クラウドは一人一人に視線を走らせた。
 夜が明けたら、皆それぞれの生活に戻っていく。故郷に帰る者、新たな生活を始める者、旅に出る者、各々が違う道を歩むのだ。名残惜しい気持ちは、全員同じだった。バレットが冗談めかして、「この面子で、『何でも屋・アバランチ』でもやらねえか」と、何度も口にする度、笑い声が響く。しかし、結局は酒の席での話、夢物語でしかなかった。

 夜が更け、クラウドとティファ、ヴィンセントを残し、メンバー達は酔い潰れて寝てしまった。
ヴィンセントは、静かに席を立った。
「……私は一足先に発つ」
 何も語らなかったヴィンセントは、ルクレツィアの許に行くのだろう。
「──ああ」
「気を付けてね」
 クラウドとティファの言葉を背中で受けとめ、ヴィンセントは振り返らぬまま、右手を挙げて、セブンスヘブンを出ていった。
 ティファは、閉められた扉を暫く見つめていた。
「なあ、ティファ」
 クラウドは俯き、重い口を開いた。「明日、一緒に行って欲しい所があるんだ」
 ティファは、それが何処だか、すぐに理解した。
(彼女に──会いに行くんだね、クラウド……)
 ティファは黙って頷くと同時に、複雑な感情が、彼女の中に芽生えた。
 クラウドは、ティファの表情の変化を見逃さず、そっとティファの耳許で囁いた。
「俺を救ってくれたのは、ティファだから、一緒に行きたいんだ」
 クラウドの甘い吐息が伝わり、ティファの身体が静かに震えた。ティファは、思わず溜息を洩らした。
「──クラウド……」
 クラウドは、ティファの肩を抱き寄せつつ、エアリスの面影を蘇らせた。

(確かにティファがいたから、今の俺がいる。だけど……エアリス、君も……)

 ティファが、そっと呟いた。
「……私の、部屋に行こ?……」
 ああ、とクラウドは短く答え、ティファの肩を抱いたまま、階段を上った。しかし、クラウドの頭の片隅には、エアリスの微笑みが消えなかった。


 翌日の午後、メンバーは各々の行き先まで、飛空艇でシドに送ってもらう事になった。もともとは、神羅の所有物だったハイウインドだというのに、シドは「こいつは俺様のモンだ」と、声を大にして主張している。
 唯一ケット・シー、もといリーブは、神羅を根元から変えてみせる、と息巻いてミッドガルの街中に去っていった。
 忘れ物はないか、とシドが皆に確認し、飛空艇に乗り込もうとしているところで、クラウドは彼を呼び止めた。
「俺達も乗せてくれないか」
「お前さんはここに残るんじゃねぇのか?」
 と、シドは訝しげに眉をひそめた。
「行きたい所がある」
 ああ、とシドは頷き、乗っていけと、クラウドとティファを促した。
「連絡くれたら、迎えに行ってやるよ」
「頼む」
 済まなそうに目を伏せたクラウドの肩を、シドはぽんと叩いた。
「なぁに、俺達は仲間だ。何かあったら、いつでも駆け付ける──そうだろ?」
 シドの言葉が、クラウドの心に心地よく響いた。
(……仲間、か)
 もう独りではない事を、クラウドは痛いほど解っていた。だが、深層では孤独の欠片が、未だに消えずにいる。
 クラウドが力強く頷くと、シドは「よし、出発だ!」と、声を張り上げた。

 バレットは、マリンが待つカームへ。
 レッド]Vは、コスモキャニオンへ。
 ユフィは、ウータイへ。

 それぞれが飛空艇を降りていく。
「何か淋しいよなぁ」
 ぽつりとシドは呟いた。
「ずぅっと一緒にいたんだものね……」
 ティファも、名残惜しそうに、遠ざかる地面を眺めながら、同調する。
「で、何処に行きてぇんだ?」
 シドがクラウドに向き直り、気を取り直したように尋ねた。
「忘らるる都まで頼む」
 ティファは、気付かれぬ様、大きく溜息を吐いた。クラウドが行きたい場所は、聞かなくとも分かっていたが、いざ事実を突き付けられるとたまらなくなった。

(やっぱり、忘れられないの……クラウド?)

 飛空艇は向きを変え、目的地に進んでいく。
 ティファは息苦さを感じ、飛空艇を降りたくなったが、我慢せざるを得なかった。クラウドに醜い嫉妬心を知られたくない。クラウドを支え、ずっと供にいたい。ティファの気持ちは、過去より未来を大切にしたかった。
 次第に空気が凍てついてきて、シドは空調を調節する。寒いな、とぼやきながらも、シドは行き先について、何も追求しなかった。彼にも、クラウドの意図は伝わっていた。それだからこそ、ティファのいる前では何も言えずにいた。
 目的地に近づくに連れ、クラウドの瞳は、伏せがちになり、ティファもシドも、沈黙したまま、クラウドを視界の隅で、見守るしか出来ずにいた。
 陽が傾き始めた頃、眼下に眠りの森が見えてきた。飛空艇は、徐々に下降し、速度を落とす。シドは地面の様子をうかがいながら、飛空艇を忘らるる都の上空周辺で、旋回させた。
「着地出来んのは……森が途切れる所ぐれぇだな」
「どこでも構わない」
 クラウドは、冷めた口調で答えた。
 飛空艇が、森の木々を掠め、静かに着地した。
「──行ってくる」
 クラウドは、ティファを促すように、彼女の背中に手を遣ると、シドに告げた。クラウドの碧い瞳には、何の感情の色も浮かんでいなかった。
 そんなクラウドの様子を見、シドの心に、一縷の悪い予感が走り、思わずシドは、「おいっ!」とクラウドの背に呼び掛けた。
「ぜってぇ、連絡よこせよ! 迎えに来るからよ!」
 クラウドは振り向き、「済まない」と短く発し、そのまま黙って飛空艇を降りた。
 間もなく、飛空艇が離陸し、見る見る内に小さくなっていく。西日に照らされたハイウインドの機体が、赤い光を反射しながら、視界から消えていくまで、クラウドとティファは空を見上げていた。
 ティファは、おずおずとクラウドの手を握る。ティファの手は冷たく、微かに震えていた。それに気付いたクラウドは、ティファの手を握り返し、尋ねる。
「寒いのか?」
「ううん、大丈夫」
 だけど、怖いよ──ティファは、心の中で言葉を続けた。

(クラウドが何処に行っちゃいそうで……怖いよ)

 ティファは、自分の手から、そんな不安がクラウドに伝わらぬ様、作り笑いをし、クラウドの腕にしがみついた。
「行こ、クラウド」
 そのまま、クラウドの顔を覗き込み、腕を引く。
 クラウドは、ゆっくり歩を進めながら、ティファに提案した。
「日が暮れる。とりあえず、今日は休もう」
「──ん」
 休むと言っても、口上だけで、クラウドが休ませてくれない事を、ティファは知っていた。

(エアリスを想いながら、また私を抱くの?)

 ティファは、込み上げてくる涙を必死で堪えた。重い女にはなりたくない──ティファのプライドが、唯一彼女自身を支えていた。
 貝殻の家に到着するや否や、クラウドはティファを抱いた。いつもとは違い、荒々しく、獣のようにティファの身体を求め続けた。ティファの制止や許しの言葉は、クラウドの耳には届かなかった。
 ティファは、涙を幾筋も流しながら、クラウドを受け入れるしかなかった。クラウドが望むなら、幾らでも彼を受けとめたいと思う反面、自分は彼にとって、どのような存在であるか、哀しい答えが心を掠めるたび、空虚感で一杯になり、行為に没頭することで、それを払拭していた。
 やがて夜が更け、涙の跡を頬に残したまま、規則的な寝息を立てているティファを、クラウドは静かに見つめていた。時折彼女の髪を撫でながら、心の中で誰にともなく謝罪を繰り返した。
 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。空が白んできた頃、漸くクラウドにも、浅い眠りが訪れた。

 

 クラウドの目前に、白い影がぼんやり浮かび、それは徐々に形を成していった。
(──エアリス!)

 影は消え、そこにはエアリスがクラウドに向け、微笑みをたたえていた。

『おかえり、クラウド』

 クラウドは、我を忘れ、エアリスを抱き締めた。温もりがクラウドの腕、胸、全身に広がる。
 エアリスも、クラウドの背に両腕を回し、包容を受けとめた。
「エアリス……俺……」
 言いかけたクラウドの唇を、エアリスは自分のそれで塞ぐ。
「解るから──何も言わなくても。私、クラウドの事、ずっと見ていたから」
 クラウドの腕に力がこもったが、エアリスは拒否する事なく、更に強く。クラウドを抱き締める。
「ありがとう、クラウド。私の事、忘れないでいて。私を、感じていてくれて」
 エアリスは、クラウドの胸に頬摺りするよう、顔を埋めた。
「──でも、でもね、クラウド……」
 突然クラウドを喧騒が襲い、エアリスの言葉が掻き消された。


オマエハニンギョウダ

オマエハデキソコナイダ

オマエハ──

 

「黙れ!」

 クラウドは、自分の叫び声で、目が覚めた。はっと思い、隣に目をやったが、ティファは寝返りをうっただけで、熟睡しているようだった。
 窓から見える空は明るい。夜が明けたようだ。
 クラウドは、音を立てぬよう、そっとベッドから降りた。
(ごめん、ティファ。俺──)
 ティファの安らかな寝顔を、脳裏に焼き付けるよう、クラウドは振り返りながら、ドアノブに手をやる。
(一人で行かなければいけないんだ……)
 名残惜しさを振り切り、クラウドは一人で、部屋を後にした。
 外に出ると、朝日があちこちから反射し、クラウドは眩しさに目を細める。ふと、足許に視線を移すと、朝露に濡れた薄青紫色の花が、光を放っていた。
 クラウドは、しゃがみこみ、丁寧にその花を摘んだ。何という花かは知らない。ただ、綺麗だと、クラウドは魅せられたように、手にした花を見つめながら、歩きだした。エアリスが眠る、青い回廊の聖なる泉へ。

 

 

(なあ、エアリス。俺は気付いていた。アンタがいつも傍にいた事を……)
 クラウドは、泉の奥底を見つめながら、エアリスに語りかけた。
(俺がライフストリームに飲み込まれた時、確かに聞こえたんだ。エアリスの声が)
 無意識にクラウドの足が、一歩一歩確実に、泉の中に進んでいく。

(なのに……声すら出せなかった。身体が動かなかった)

(エアリスがすぐ傍にいるのに、抱き締める事すら出来なかった……)

 クラウドは、手にした花を優しく胸に抱き寄せた。

(それと、メテオを阻止出来たのも、エアリスがいたから、だろ?)

(あの、地上に溢れ出したライフストリームの中に、アンタを見たんだ)

 
 クラウドの足は留まる事なく、泉の中心へと動く。


(なあ、エアリス。まだ――俺の中では、終わっていないんだ)

(アンタが言っていた、本当の『俺』は、今の俺なのか?)

(アンタが居ない今、俺はどうしたらいいんだ?)

(……教えてくれよ、エアリス……)

 


 クラウドの身体は、緩やかな波紋を残し、静かに泉の中に消えていった。

 

 

 

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