デート一回!

 あの時の約束、そしてエアリスの笑顔──。


(未だに俺は……はっきりと覚えている。エアリス、アンタの全てを)

 

 

 


For Get me NOT

act.1 ── 花火に消えた言葉

 

 

 


 ゴールドソーサーで、古代種の神殿のキーストーンを手に入れたはいいが、クラウド達は、ロープウェイの故障で、運悪く足止めを食らってしまった。仕方なく彼らは、ケット・シーの提案で、ホテルに泊まることにした。

「……ったく、ツイてない」
 部屋に入るや否や、クラウドは、吐き捨てるように呟いた。
 キーストーンが、こちらの手にある以上、タークスに先を越されることはないが、何時何処で奪われるか、クラウドは気が気でなかった。神羅の卑怯な手口に、また遭おうものなら──再び苦労が水の泡になってしまう。
 クラウドは、落ち着かない気持ちをぶつけるかのよう、勢い良くベッドに倒れこんだ。キーストーンを手にする為の、ディオとの取引──闘技場でのバトルで、クラウドの身体は疲れ切っていたが、焦りの方が上回っていた。早く、タークスに嗅ぎつかれる前に出発せねば。彼の頭の中は、それ以外に考えられずにいた。
 その時、部屋に軽いノックの音が、静かに響き渡った。
(こんな時間に誰だ?)
 重い身体を起こし、クラウドは警戒心を保ちつつ、ゆっくりドアを開けた。
「……!」
 クラウドは目を丸くして、ノックの主を見つめた。
 そこには、エアリスがはにかみながら立っていた。
「エヘヘ!」
「どうしたんだ?」
 クラウドが訝しげに尋ねると、エアリスは上目遣いでクラウドを見つめた。
「デート、しない?」
「──はぁ?」
 思いもよらないエアリスの言葉に、クラウドは素っ頓狂な声をあげた。
「デ・エ・ト! した事ないの?」
「……馬鹿にするな」
 とは答えたものの、実際クラウドはデートした記憶がなかった。
「あ、ムキになるの、あやしい」
 エアリスは、くすっと笑い、からかうように言った。
 思わずクラウドはムッとし、反論しようかと口を開けたが、エアリスはさっさとクラウドの背後に回り、彼の背中を押した。
「さ、行きましょ」
「お、おい……」
 クラウドの制止するような態度に、エアリスはクラウドの正面に回り込み、人差し指をクラウドの顔の前に突き付けた。

「デート一回! ……忘れたの?」

 そのままクラウドは、エアリスに手を引かれるまま、ゴールドソーサーのターミナルフロアへ足を運んだ。
 ロープウェイ故障の責任の所為か、今夜は全てのアトラクションが無料だと、客引きが声を大にし、アピールしていた。
「そこのお二人さん、今からイベントスクェアで、楽しいショーが始まりますよ!」
 客引きが、クラウド達を手招きすると、エアリスはクラウドの腕に手を回し、はしゃぐように「行ってみよ!」と言った。クラウドは、エアリスの言うままに、イベントスクェアに向かった。そこで待ち受けていたものは──。

「おめでとうございます!! あなた方が本日百組目のカップルです!! あなた方がこれか
ら始まるショーの主人公です!!」

 とんでもない事に巻き込まれた、とクラウドは呆然とした。比べてエアリスは無邪気にはしゃいでいる。そんな彼女の様子を見ていると、クラウドは仕方ないな、と肩をすくめ、自分が白けているのが、何だか馬鹿馬鹿しく思えてきた。しかし、さすがに舞台に上がるのは恥ずかしさしか、感じられなかった。あんな陳腐なショー。それでもエアリスは、面白かったと満面の笑みを絶やさない。そんなエアリスを、クラウドは心から愛しいと思った。
「次はゴンドラ乗ろう」
 エアリスはクラウドの手を握り、さっさとラウンドスクェアに向かい歩きだした。
(すっかり、主導権を握られたな)
 クラウドは苦笑した。彼の報酬の筈のデートなのに、これではエアリスに尻を敷かれているようだ。
「二人お願いしまーす」
 エアリスは係員にそう告げると、軽い足取りでゴンドラに乗り込んだ。クラウドも後に続く。
 ゴンドラが上昇すると、ゴールドソーサー内の鮮やかなイルミネーションが一望できた。エアリスが、「凄ーい」「キレーイ」と、感嘆の声を上げた。クラウドは黙ったまま、そんな彼女を見つめていた。
 突然、花火が上がり、ゴンドラ内に重低音が響いた。
「……綺麗だね」
 暫く窓の外を眺めていたエアリスが、ゆっくりとクラウドに視線を移した。クラウドは小さく頷く。
「あのね」
 エアリスは僅かに目を伏せ、静かに切り出した。「初めはね、そっくりだったから気になった。歩き方、手の動かし方……。あなたの中に彼を見ていた……」
 彼という単語に、クラウドは自分の中に、もやもやした感情を抱かずにはいられなかった。
(──ザックス、か)
 エアリスの初恋の相手──彼の前でのエアリスは、どんな風に話し、笑っていたのだろうか。
(嫉妬しているのか、俺は?)
 クラウドは自嘲気味に肩をすくめた。
 しかしエアリスは、伏せていた瞳をクラウドに向けると、きっぱりとこう言い放った。

「でも、違うの。今は、違う……」

 視線が交差する中、花火の色とりどりの光と、身体に響き渡るような音が、二人を包み込んでいた。
「ね、クラウド。私、あなたを探してる」
 真顔で語り掛けるエアリスとは反対に、クラウドは彼女の意味不明な台詞に、きょとんと首を傾げた。
「……?」
 エアリスは、そんなクラウドの様子を気にせず、言葉を続けた。
「あなたに会いたい」
 真摯なエアリスの口調に、花火の大きな音が重なる。
「──俺はここにいる」
 クラウドは、ごく当たり前の言葉を返す。他に言い様があるだろうか? それでも、気の利いた台詞の一つも思い浮かばない自分自身に、クラウドは苛立った。
 エアリスは、クラウドの碧い瞳を、切なげに見つめていた。
「あなたに……会いたい」
 エアリスの小さな呟きは、花火の爆発音にかき消されそうになったが、それはしっかりとクラウドの耳に届いた。
 エアリスは、その言葉を残すと、黙りこくってしまった。ゴンドラ内には、花火の音だけが大きく響く。
 どれくらいの時間が過ぎたのだろう、沈黙を破るゴンドラの扉が開かれる音。
「お疲れ様でしたー!」
 係員が、大げさなくらい明るい声で、クラウド達を出迎えた。
 今度はクラウドが先に降り、エアリスに手を差し出した。エアリスは、はにかみながら、クラウドの手をそっと握る。
 クラウドにリードされ、ゴンドラを降りたエアリスは、今日は楽しかった、と満面の笑みを浮かべ言った。
「また来ようね。私とじゃ嫌?」
「そんなことない」
 そっけなく言ってはみたが、エアリスとならば、とクラウドは心の中で呟いた。
「次来た時はもっとゆっくり、色々なものに乗ろうね」
「ああ……そうだな」
 手を繋いだまま、二人はラウンドスクェアを背に歩いていた。片手から伝わる、互いの鼓動、温もり。クラウドにとって、それは初めて感じる安らぎに似た、幸福感であった。
 いつまでもこのままでいられたら──クラウドはふと思った。
(こんな大事な時に、俺って奴は)
 クラウドは、知らぬ内に、口許に笑みを浮かべていたらしい。「何、笑っているの?」と、エアリスに指摘されるまで、自分がどんな表情をし、また、「デート」を楽しんでいる自分に気付かぬにいた。
「初めて見た、クラウドのそんな表情」
 エアリスは、茶化すように言った。思わずクラウドは、照れ隠しに頭を掻く。
 ふと、突然エアリスが、あっ、と声を上げた。
「もうこんな時間。そろそろ帰りましょ」
 エアリスは、手を離すと、おやすみ、と一言だけ残し、クラウドに背を向けた。
 エアリスの背中を眺めながら、クラウドは立ち尽くしたまま、今夜の「デート」を名残惜しむよう、反芻していた。
 阿呆らしいショー、楽しいと笑うエアリス、そしてゴンドラで見た花火と──。

『あなたの中に彼を見ていた……』
『でも、違うの。今は、違う……』
『私、あなたを探してる』
『あなたに……会いたい』

(……俺に会いたい?)

「おい、待ってくれ!」
 クラウドは、エアリスの背に呼び掛けた。
 花火の音でかき消されそうになった、エアリスの意味深な言葉は、すっかり彼の心を支配していた。とにかくエアリスの言葉の真意を知りたい、クラウドは心から思った。

(俺は、ザックスに嫉妬しているのか? だから気になるのか?) 

 ぴくん、とエアリスは立ち止まった。が、振り向きはしなかった。
「俺を探してるとか、俺に会いたいって、どういう意味なんだ?」
 クラウドは、後頭部を掻き毟りながら、困惑をエアリスにぶつけた。
「俺はここにいて、アンタと巡り逢えた。違うのか、エアリス」
 漸くエアリスは、クラウドに向き直り、クラウドを真直ぐに見つめ、静かに告げた。
「私、感じるの、今のクラウドが本当のクラウドじゃないって。クラウド、無理してる、凄く……」

(無理? 俺が?)
(何を言っているんだ、この女は)

 エアリスの台詞に、クラウドは若干の憤りを覚えたが、平静を装いながら、エアリスの瞳を見つめ返した。
「ねえ、クラウド。私、本当の貴方を知りたい。」
 全てを見透かすような、エアリスの澄んだ瞳。

「──っ!」
 クラウドは、いきなり堪え難い頭痛に襲われ、思わずその場に蹲った。

(……本当の、俺?)

(俺は一体……)

(あの顔、あいつは……)

(──幻覚だ! 違う、俺は……)

 クラウドの脳裏に、フラッシュバックの如く、様々な記憶の断片が浮かんでは消え、消えては浮かび続ける。

「──クラウド!?」

 薄れいく意識の中、微かにエアリスの声が響いた。
 クラウドは、その場に崩れ落ち、混沌とした闇へと堕ちていった。

 

 気が付いたら、クラウドは自室のベッドに横になっていた。恐る恐る目を開けると、照明が瞳を突き刺し、クラウドは小さな呻き声を洩らした。クラウドは、再び瞼を閉じて、自分に何があったのか、記憶を辿る。
(ああ……そうだ)
 エアリスと一緒にいたんだ。そして──。
 記憶が戻るに連れ、クラウドの左手を、柔らかな温もりが包んでいる事に気付き、彼はゆっくりと目を開け、視界を天井から自分の左側に移す。そこには、心配そうにクラウドを覗き込むエアリスの姿があった。
エアリスは、優しくクラウドの左手を、自らの両手に包み込むよう、握り締めていた。
「……大丈夫?」
「ああ、何ともない」
 実際、あの嫌な頭痛は治まっていた。

(何だったんだ、あれは?)
(今までも、似たような症状はたまにあったが……あんなにひどいのは初めてだ)

 一抹の不安が、クラウドの心に宿った。

(俺は……怯えているのか? 一体、何に対して?)

 エアリスが、とにかくひどく心配した事、丁度ゴールドソーサーの係員が駆け付け、クラウドを部屋まで運んでくれた事、回復魔法を唱えても目を覚まさなかった事等、クラウドの意識が戻るまでの間の事を話していたが、彼は全く違うものに思考を巡らせていた。

(まるで──エアリスの言葉に呼応するような……)

「……ってば、クラウド、聞いてる?」
 クラウドは、我に返った。横では、エアリスが頬をぷうっと膨らませている。
「ん? ……ああ」
「でも、よかった、目を覚ましてくれて」
 と、エアリスはすぐ、いつもの微笑みを満面にたたえた。クラウドは、エアリスのグリーンに輝く瞳を暫く見つめていた。彼女の瞳に吸い込まれそうになったその時、クラウドに疑問の回答が浮かび、思わずエアリスの腕を引き寄せた。
 エアリスは短い悲鳴をあげた。

「──古代種、だからなのか?」

 クラウドは、エアリスを真直ぐ見つめ、問い掛けた。エアリスはきょとんとし、クラウドを見つめ返した。
「え……?」
「あんたがさっき言っていた変な事──俺が本当の俺じゃないって、古代種の力がそう感じるのか?」
 クラウドの口調が、得体の知れない不安から、徐々に強まっていく。
「さっきの頭痛も──今までも何回かあったが、あんなひどいのは──幻覚を見せ付けたのも、古代種の力なのか?」
 エアリスの瞳が静かに揺れる。


「あんたの中の、古代種の力が、俺を知りたがっているんじゃないのか!? 昔の男に似ているからか!?」


 言ってしまった瞬間、クラウドは自分の発言を悔いた。
 エアリスの白い頬に、大粒の涙が伝い落ちた。

(俺は……何、馬鹿な事を……)

 クラウドは俯き、小さく「……ごめん」と呟いた。つい口走ってしまった、自分の言葉が、いくら不安から湧き出たものであっても、エアリスを傷付けてしまった。そんな自分が腹立たしく、またふがいのなさに、クラウドは恥じた。
 エアリスは、黙ったまま首を横に振る。

「……私こそ、ごめんなさい……」

 思いもよらない、エアリスの謝罪に、クラウドは驚いて顔をあげた。
「何であんたが謝るんだ?」
「余計な事、私、言っちゃったから……。クラウドはクラウドよ」
「……ああ」
 動揺しつつも、表面上平静を保ちながら、クラウドは頷いた。
「不安にさせちゃった、クラウドを……私」
 クラウドは、エアリスに自らの心を悟られ、何も言えなくなってしまった。不安なんか、と否定したかったが、エアリスの他人の心に機敏なことを思うと、無駄な事である。そして、自分の弱気さを見透かされていることに、とてもばつの悪い思いがして、逃げ出したくなり、エアリスの腕を素早く離し、顔を背けた。しかし、今度はエアリスから手を掴まれてしまった。突然の出来事に、クラウドは驚き、思わずエアリスを直視した。
「でも──でもね、一つだけ言わせて」
 エアリスは、涙を手の甲で拭い、きっぱりと言った。

「クラウドを知りたいって気持ち、私自身の気持ちだから。……古代種とか、ザックスの事、関係ないから……」

 暫し見つめ合った後、エアリスはクラウドの胸に顔を埋め、静かに呟いた。
「……知りたいの、もっと。クラウドを……」
 クラウドはエアリスの肩をそっと抱き締めた。何て華奢なんだろう、とクラウドは驚いた。こんな細い身体で、彼女は闘いながらも、笑顔を絶やさずに前向きにここまで来た。そのことを思うと、エアリスを抱く腕につい力が籠もる。
 エアリスはそっと顔を上げた。瞳には、未だ乾ききらぬ涙が、キラキラと光を湛えていた。
 見つめ合う内、二人はどちらともなく、自然と唇を近付けていった。
 エアリスも、恐る恐るクラウドの背に腕を回した。
 二人にとって、もう言葉はいらなかった。ただ、互いを愛しむ様に、何度もキスを交わし、抱き合う──それだけで充分だった。

 

 


(なあ、エアリス。覚えているか?)

 クラウドは、眠るように穏やかな表情のエアリスに向かって、心の中で彼女に話しかけた。エアリスの身体から、体温が薄れていくのを自らの腕で感じ、クラウドは思わず、エアリスの亡骸を強く抱き締める。温もりがこれ以上逃げないように、そしてこの温もりを忘れぬように。

(ゴールドソーサー、また一緒に行こうって、約束、果たせなかったな)
(俺が……俺の所為で……)

 何故、もっと素直になれなかったのだろう?
 何故、一番守るべき――いや、守りたい女性を守れなかったのだろう?
 クラウドには、自分を責めるしか、心を鎮める術がなかった。 

 つい先日、夢の中でエアリスに言われたあの一言。

『自分が壊れてしまわないように、ね?』

(エアリス……俺、どうすればいい?)
(自分が解らないんだ。俺を――本当の俺を教えてくれよ)
(エアリス……俺、壊れそうだ、アンタがいないと……)

 長い間、クラウドはエアリスを抱き締め、見つめていた。エアリスの身体は、既に冷たくなってしまった。
 クラウドは、ゴールドソーサーで過ごした、エアリスとのひとときを思い出す。
 エアリスの柔らかな唇。華奢で整った身体。白い肌。クラウドの全身は、エアリスの温もりを、確実に覚えていた。

 ふと、エアリスの叱咤するような声が聞こえた気がして、クラウドは我に返った。

(――まだ、終わっていない。エアリスが命を懸けてまで、守り通そうとした使命)
(俺がこうしている間にも……セフィロスは――)

「エアリス……、今度こそ俺が守る。アンタが守ろうとしたもの、全てを」

 クラウドは、動かなくなったエアリスに口付けた。ひんやりとした唇の感触が、否が応でもクラウドの心の琴線に触れた。
 意を決したように、クラウドはエアリスを抱きかかえたまま立ち上がり、湖に向かって歩き出す。そして――。

(一旦さよなら、だ。エアリス)

 クラウドは、名残惜しむように、再度エアリスを力一杯抱き締めた後、光り輝く水面に、エアリスの身体を横たえた。エアリスの身体は、見る見るうちに水底へ向かい、見えなくなっていった。


(全て終わったら、またここに来るから。それまで、待っていてくれ)


 エアリスが完全に見えなくなるまで見送ると、クラウドは踵を返した。

 エアリスの使命を引き継ぐために。

 


 

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